
各地のコワーキングスペースを巡り、日本のコワーキングの「今」を体感するコワーキングツアー。そこで見聞したコワーキングのあれやこれやを切り取ってご紹介するコラム、その30回目は、長野県長野市の「CREEKS COWORKING(クリークスコワーキング)」さんにおじゃまし、運営者である株式会社CREEKSの古後理栄さんと広瀬 毅さんにお話を伺いました。
(取材・テキスト / 伊藤富雄 取材日:2016年8月25日)
「CREEKS COWORKING(クリークスコワーキング)」
〒380-0845
長野県長野市西後町町並1583 リプロ表参道2F
info@creeks-coworking.com
話はLLPではじめたシェアリングオフィスに遡る
古後さんも広瀬さんも建築士だ。実は、「CREEKS COWORKING」が入居しているビル、『リプロ表参道』のリノベーションも広瀬さんが手がけた。だが、そこに至るまでに、すでに協働ワークスペースの実践者でもあった。
(古後)以前、長野市善光寺門前のまちづくりに関わってたんですが、「カネマツ(KANEMATSU)」というビニールシートの加工工場が廃業して空いたままになってるので、そこに建築士5人、デザイナー1人、ライターさん1人の7人で自分たちの事務所にしようということになって。そのためのLLP(有限責任事業組合)を作ったんですね。ま、シェアリング・オフィスですね。
それが2009年のこと。「CREEKS COWORKING」のオープンが2014年9月だから、5年も前からその系譜はあったということになる。
そのあたりの経緯はこちらのサイトに詳しい。インタビューアーはなんと、山崎亮氏。
感心したのは、建物のオーナーに支払う2倍の賃料を全員で按分して事業組合に入金し、組合が家賃を支払った残りの半分を元手に建物を5年間かけてセルフ・リノベーションしていくという方法を取ったことだ。なるほど。組合という組織でなければ難しいことかもしれないが、これからコワーキングを開設・運営したいと考えている人にはひとつのヒントになるかもしれない。
(古後)ただ、最初はシェアオフィスにするだけじゃなくて、オープンスペースも作れるぐらい広いので、そこでイベントをやったり、コミュニティ・スペースになるようなことを思い描いて始めたんです。でも、そのうちにみんな忙しくなってシェアオフィスとして使うようになってしまって。
(広瀬)その事業組合のときには事業者が集まって、もうちょっと違う働き方ができるんじゃないかと思ったんですよね。プロジェクトベースで、離散集合して、大きい物件がある時はみんな集まって、というようなそういう働き方ができるのかなって。でも、結局、みんなそれぞれの仕事が忙しくなってしまって。で、最初の組合員だけじゃなくて他に店子さんを入れて、固定されたメンバーできちんと回る形に作り上げていったんです。
ただ、固定メンバーの中にはそういう仕事の仕方にあまり興味がない人もいる。プロジェクトベースでやるのは結構難しいなと感じていたところに、もう少し流動的な人の動きのあるスペースということでコワーキングというアイデアが浮上してきた。
(広瀬)その当時、上田のハナラボさんが3年目だったんですが、長野市にはないし、それだったら自分たちではじめようかと思ってたら、この建物の2階がたまたま空いたんです。この建物はぼくが12年前にリノベした建物なんですよ。1〜2階を店舗で3階をオフィス、4階、5階を共同住宅に改装したんですけど、3年前にたまたまこの2階がポコッと空いて、これ、うまくすればこのままコワーキングに使えるかなと。ま、背中を押された感じで始めちゃったわけです。共同オフィスの方はぼくの設計事務所として使ってます。
自らリノベーションしたビルにオフィスとコワーキングで入居するなんて、めぐり合わせというか、まったく羨ましい話だ。
だが、始めてみてシェアリングオフィスとコワーキングとでは、全然違うということに気づく。
(広瀬)「カネマツ(KANEMATSU)」でやってたときもコミュニティってあったんですけど、こっちで新しく作ってみると今までお付き合いのなかった人たちがスゴイ来てくれたんですよ。それで、自分がいた場所、世界がすごく狭かったんだってことに気づいたんですね。
それはある意味ショッキングな経験だったのかもしれない。ただ、LLPのときにも外部から来られたのではなかったか?
(広瀬)結局、デザイン好きな、あるいはリノベ好きな人たち、ある意味ひとつのフィルターがかかった人たちだけ、同じような属性の人たちだけだったと思いますね。結構、あちこち、その頃イベントとか行きまくってたんだけど、「また、会ったね」みたいな。世間は狭いね〜とか言ってんだけど、狭いのは自分の世間なんだという話で(笑)。
ところが、「CREEKS COWORKING」を作ったら全然違う属性の人がやって来た。例えば、NPOの人や、食をテーマにしている人、旅館のコンサルしてる人(※実はこのツアーリポートでも紹介したアルゴット戸倉の岡田さん)、ファイナンシャルプランナー、ウェブ・ITコンサルタント、コーチング等々、実に多士済々だ。意外にも、建築系の人は少ないらしい。
驚いたことに、女子高生が受験勉強で利用している(※取材当時)。図書館などは遅くまでやってないので、母親に頼んでコワーキングのマンスリー会費を出してもらっているという。他には、この界隈でお店を始める創業準備の人も利用している。
CREEKSは「行動する人の集まる港」
長野県行政は、とりわけコワーキングへの理解が深いと、今回のツアーで各地でお話を聞くたびにしみじみ感じているのだが、行政との関わりはどうなのだろう。
(古後)一番最初にはじめたときに、会員さんより早く県の職員さんが来られましたね(笑)。委託業務の話を持って来られたんです。最初は、県内でのクラウドファンディングの活用促進でした。
地方創生のキーワードとして、クラウドファンディングとコワーキングというのがあがっていて、でも地方だと名前は聞いてるけど内容がいまいちよく判らないとか、自分は縁遠いものだと思っちゃう人たちに橋渡しをしてあげるという、そういう事業ですね。
そういう目的のためにコワーキングという拠点を活用するという見識が長野にはある。そこはぜひ見習いたい。
この事業は、クラウドファンディングを知る部分と、それを実際に活用する部分の2本立てになっていた。そこで、クラウドファンディングに挑戦してみようという人を事業者につないで支援していく、そこを「CREEKS COWORKING」が請け負った。
既にお気づきと思うが、こうなると単なる共用ワークスペースだけではない、地元で起業創業する人にしっかりコミットしてサポートする立場にコワーキングがある。このことは、とりわけ地方都市に限ったことではないが、長野はとにかく広いのでほかのコワーキングスペースのハナラボさんとノアズさんと連携体制を作ってサポートしていくというプランだったそうだ。そういう連携プレイができる点が素晴らしい。結局、8回のセミナーを開催した。
なお、この事業はその後「CREEKS COWORKING」独自で進展を見せ、この2月に長野県信用組合と株式会社ワンモアとの3者提携の形でクラウドファンディングサイト「Show Boat」を起ち上げるに至る。
ところで、地方都市のコワーキングにはつきものの地域の課題解決については、どういうお考えなのだろう。
(広瀬)うちは、HUB Tokyoさんの社会問題を解決していくというミッションにかなり影響されていて、そこには「地域から社会を変えよう」というタグラインがあるんですけど。
これからは、これまでみたいに広く浅く行政がお金を出していくのは難しいし、そういった公共的なものを、多分、民間で担っていかなきゃいけない。昔は地域の人たちが普通にしっかりしたコミュニティを持っていて、パブリックな課題をみんなで解決してたんですよね。でも、今はそういうコミュニティ自体が薄れているとすると、そこを民間事業者が担っていくという時代に少しずつ変わっていくのかなと。
だとすれば、ぼくらみたいに、ある意味社会的な課題をプロジェクトにしていくということが、将来的にはきちんと事業になっていくんじゃないか。今は行政からの助成金や委託事業とかで仕事にはしてるけれども、それは将来的にはきちんと事業として廻るようなしくみを作っていかなきゃいけないんじゃないかなということを考えていますね。
自らビジネスにしていく。そういう時代になっていかないと人口はどんどん減っていくし、どこの地域にも同じように行政がサービスをしていくということには、もう多分ならないし。今も多分、選択と集中で頑張ってる地域にお金が落ちるという仕組みにだんだん変わってきてるし、それを考えるとそういった受け皿として自分たちがなっていくっていうのが方向性としてはありなのかな、という気がします。
昨日のKnower(s)の中山さんとまったく同じ内容の言葉だ。
(広瀬)だから、ただセミナーやイベントに参加するだけではない、きちんと行動する人、本当にビジネスをちゃんとやっていくっていう人が来る場所にしようっていう想いで「行動する人の集まる港」という意味を込めて、CREEKSと名付けたんです。
行動すること。まさしくそうだ。地域課題の解決にしろ、自己実現にしろ、行動しない限り何も変わらない。そして、行動する人たちが集まるとスパークする。そこに新しい価値が生み出される。コワーキングは行動する人のための場だ。
主要テーマは、起業・創業、移住・中山間地、そして子育て・教育
「CREEKS COWORKING」では、主に3つのテーマで盛んにセミナーを開催している。ひとつは、先述の「起業・創業」だ。
(広瀬)起業スクールみたいなのはまわりでいっぱいやってるので、うちはそれをHUB Tokyoさんとのコラボで「チーム360」というのをやってるんです。
事業をやる人に「なぜそれをあなたがやらなきゃいけないのか」というWHYの部分を深掘りしていくっていうもので、起業マインドをどういう風に醸成させていくかというプロセスがあるんですね。
起業したいっていう個人が6〜7人集まってチームを作って、お互いがお互いの事業を360度いろんな角度で見合う、という意味で360なんですけど、これのいいところは、著名なメンターに頼るのではなくて、起業仲間をもってその中での「自習」と「対話」で事業プランをブラッシュアップさせていくという点です。
最初は普通のセミナー形式のものをやったんだけど、例えば、会計の基礎知識とか、ありがちな。でも、なんか違うなと…。
判る。ぼくも神戸で長い間、ディスカッションに軸を置く勉強会をやってきたので、「対話」が生むパワーがいかに大きいかは身を以て知っている。仲間がいることでお互いに刺激にもなるし、助け合う環境も作れる。
この事業は9月からスタートし、1週間ないしは2週間の間隔あけて、足掛け2ヶ月の間に計5日間のプログラムで開催された。
二つ目のテーマは、「移住と中山間地」だ。
(広瀬)これは行政絡みでやることが多いんですけど、長野って移住したい県No.1なのでこういうテーマに力入れてるんです。移住促進につながるイベントとか、長野と東京を行ったり来たりするデュアルライフ、そういう生活が可能だよっていうようなアピールなんですが、そういう活動の拠点にコワーキングがなればいいなと。
例の半年間、試しに長野で仕事して気に入ったら移住してもらうという、おためしナガノでは、去年うちに入ってた3組のうち2組が移住しました。
このおためしナガノの評判はすこぶるいい。なにしろ、住居も仕事場(これにコワーキングが使われる)も提供されて、かつ一人あたり30万円が支給される。1組最大3名なので移住者の実数としてはわずかだが、しかしその打率は非常に高い。勢いづいた長野は、1泊2日で長野で仕事しようという、ときどきナガノというプロジェクトも始めた。このへんの動きは極めて機敏だ。
一方、中山間地については、具体的なビジョンを持っている。
(広瀬)長野って市街地からは東京へはすぐに出て行けるので、別に東京と変わらない生活ができるんです。また、長野の市街地から山にも割と近いんですよね。クルマで20分とかですごい山の中に行けるので。ホントに山に住んでて会社に通勤する人もいるし。そういう風に自分で選べる拠点がいろいろあるのはいいなと思って。で、中山間地にも将来的にはコワーキングみたいのを作りたいと思ってるんです。
中山間地については、元々、建築畑にいることも大いに関係しているが、空き家が多いという問題もその背景にある。
(広瀬)ぼくがリノベに関わる機会が多いってのはありますね。空いてるペンションとかいっぱいありますよ。でもね、そう、事業継承がやっぱりなかなか難しいんですよ。
中山間地でどういう風に仕事していくかってこともいろいろやってるんですけども、伊藤洋志さんが『フルサトをつくる』という本で書いてるように、
”田舎には仕事がないわけではない。勤めはないし就職先はないけれども、ホントはそこには仕事はたくさんある。けれどもマーケットが小さいからビジネスにはならない。だから、そういう小さい商いをいくつか積み重ねることでひとつの商売にしていくことはできるんじゃないか”
という話ですね。
例えばコワーキングにしても、コワーキングひとつ作ってもそんなに人は来ないかもしれない。でも、コワーキングがあって、ゲストハウスがあって、カフェがあってみたいなものをひとりで管理できるようなコンパクトな施設を作って、そこを魅力的な人が管理してるってことになればもうちょっと人が来る。
で、そこの地元の人を雇用して、例えばカフェに地元のおばあちゃんが来て、そこにシェアオフィスで東京からサテライトで来た人たちに食事を提供するとかってどうだろうと。まあ、多分それで大金持ちにはなれないと思うけれども(笑)、そこで生活する分ぐらいの賄いはそういったナリワイを重ねることでできるんじゃないかと。
長野市には13の中山間地があって、それ全部がそういう風になることは難しいとしても、それをいくつかのエリアに分けて、その中に拠点施設を作ることができるといいなと、今ちょっと考えてます。
以前、京都の廃旅館の再利用について相談されたときに、ぼくが提案したのは、「コワーキング+シェアハウス+カフェ+ゲストハウス+イベント」の5つの収益モデルを同時に実行するものだった。今、まさにそれとほぼ同じ発想が広瀬さんの口から語られているが、これは日本のどの地域のコワーキングでも検討する価値が大いにあると思う。特に、宿泊施設とのジョイントは、今後、移働(移動しながら働くこと)する人(必ずしもノマドワーカーに限定しない)が増えることを考えても有効だ。
3つ目のテーマは、「子育て・教育」だ。
(古後)今の若い人たちを見ててなんとなく働けない子とかもいるんですよね。何していいかわかんないような子だとかも結構いて。で、何が必要かなと思ったときに、自分できちんと考えて自分で何かを作っていくという、基本的な力を身につけなきゃいけないんじゃないかなと。そういうところから「親子のてつがくカフェ」とかをやるようになって。
これは、NPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」の協力を得て、子供の「なんでなんだろう? どうしてだろう?」という身近な疑問について話う合うことで、こどもの考えを知り、親子で一緒に楽しく考える時間を共有する、というものだ。
(古後)仕事のことをあまり知らない子供も結構いて、お父さんはなんとかっていう会社に勤めてるってことは知ってるけど、仕事がなんだかは知らない。そこで営業やってるんだか、人事やってるんだか、全然違うのにそういうことわかんないとか。子供にとって社会人って学校の先生しかいなかったりとか、触れる大人が、ですね。
きっと昔はもっとごじゃまぜになって、いろんな大人と接してたはずが、そうじゃなくなってるのが、いまの子供の問題があるのかなぁと思って。それを解決するようなことをやって行きたいという気持ちからですね。
(広瀬)子供が、学校と自宅との往復になって、その間に入ってくるのは塾か部活動しかないっていう。そうするとホントにいろんな職業の人に出会う機会がどんどん少なくなってるので、そこをもうちょっとフォローできる仕組みがあるといなぁと思っています。それを実際にビジネスにしていくのは難しいんですけどね。でも、それをやる拠点になればいいなと。
子育てをテーマにするコワーキングも数々存在するが、「働く人」との接点からの発想は新鮮だし、それこそコワーキングの持ち味でもあるだろう。
その他にも、学生たちと実際に働いてる女性たちを呼んで、ラフに話ができるような機会を設けたりもしている。
「ずっと勤めていくというのが当たり前じゃなくなっていくし、そうすると楽しく生きる力みたいなものを皆が持っておくべきだなと思う」とおふたりは語る。そういえば、複業OKの大手企業も現れだした。我々の働き方もガラッと様変わりするのはもう間違いない。
(広瀬)今、うちも正社員はひとりだけで、あとの人は週一とか他のことをやりながら関わってもらう、複業社員募集ってことでやってるんです。その人の好きなこと、やりたいことを週一とかでここでやってもらう。そういう人たちが核になって、プロジェクトスタッフとして関わってもらう。今はまだいませんけど、サラリーマンやってるけど、夜、別のことをやりたいっていう人が来てくれたらいいなと。
なるほど、それはいい。なんで気が付かなかったのかな。
そして若い人向けに新しい施設も
「CREEKS COWORKING」が今後、取り組みたいことは、若者向けの拠点としての施設づくりで、長野市と連携して進めている。
(広瀬)CREEKSは始めた当時は思ったよりも年齢層が高かったんですよ。わりと落ち着いた感じになっちゃって、いま波多腰くんが来てくれて、それで結構若い人たちにもいろいろ伝わるようになってきてるので、もっと若い人たちが来ることでぼくが元々思ってたもうちょっとワイワイした雰囲気にならないかなと。
それは、「CREEKS COWORKING」とはまた別の形で実施されるらしい。(※追記:取材後、2017年3月25日に『tsunagno(ツナグノ)』としてオープンした)
「そこにキッチンがあってカフェみたいな感じになれば、そっちが賑やかでこっちはちゃんと仕事する、とか分けて使える」ということだが、集まる人たちの属性も多様になるだろうから、若い人に限らずせいぜい利用したいところだ。次回、長野に来たときにはぼくもぜひ使いたい。また、楽しみが増えた。
いずれにしろ、複合的な思考と実践で地域貢献を推進しているコワーキングとして、「CREEKS COWORKING」はとてもいいお手本になるだろう。ぼくも見習わなければ。
CREEKS COWORKING(クリークスコワーキング)
〒380-0845
長野県長野市西後町町並1583 リプロ表参道2F
info@creeks-coworking.com
・ドロップイン 1,000円 / 日 (9:00〜18:00)
・フリー会員 12,000円 / 月 (9:00〜22:00)
・個ブース会員 30,000円 / 月 (9:00〜22:00)
