シャルソンからはじまったコワーキング「Azumino Coworking」(安曇野コワーキングスペース)」

各地のコワーキングスペースを巡り、日本のコワーキングの「今」を体感するコワーキングツアー。そこで見聞したコワーキングのあれやこれやを切り取ってご紹介するコラム、その25回目は、長野県安曇野市の「Azumino Coworking(安曇野コワーキングスペース)」さんにおじゃまし、運営者である篠原寛行さんにお話を伺いました。
(取材・テキスト / 伊藤富雄 取材日:2016年8月20日)

Azumino Coworking(安曇野コワーキングスペース)
〒399-8211
長野県安曇野市堀金烏川5099-3
TEL. 0263-73-6733

それはシャルソンから始まった

今回の取材は、この小見出しの言葉に尽きる。だがそこに至る経緯も確認しておきたい。篠原さんは、もともと自宅でパソコン教室を1999年に開業され、かれこれ17年経営されている。その篠原さんが、なぜコワーキングの開設に至ったのかをたどる。

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いまから遡ること11年前、篠原さんは自由にパソコンを使ってみたい人のためにパソコン教室のない日にここを開放することにした。そのことは、地元のタブロイド紙にも「ITサロン」という呼称で紹介された。2005年8月18日のことだ。

最初は、ITサロンってどんなの、という様子見で人がやってきた。ネットを思い切りビジネスに活かそうという層よりも、趣味の範囲内でインターネットを楽しむ人たちだ。しかし、それでも、篠原さんは「手応えとしてはニーズはあるな」と感じた。

ITサロンは、そもそも、気軽に来てもらって、パソコンいじってもらって、インターネットってどんなの?と、そこからコミュニケーションができればいいかなという感じで始めたんですよ。みんなで集まってワイワイガヤガヤしたいな、と思って。 
そうして、教える人と教えてもらう人が現れれば、この地域でのつながりを作れるかもしれないし、人がつながる場所として公民館的な役割も担えるでしょうし。かと言って、それを収入の元にするとまでは考えてませんでした。まあ、開いてるときなら来ていいよという感覚ですね。

従って、ITサロンの営業日は何曜日とは決めていない。利用者からの「空いてますか?」という問い合わせにその都度対応している。ある種の「住み開き」と言っていいかもしれない。

この地にはフリーランサーやスタートアップ系の企業は多くない。それもあってか、大変ゆるい(失礼)運営の仕方だが、もとより「人が集まるコモンプレイス」という発想でスタートしているぶん、間口が広いと言える。このへんは、地方都市のコワーキングに大なり小なり共通するところだろう。

しかし、このITサロンがそのままコワーキングに発展したのでは、実はなかった。コワーキングのことを知ったのは、全く違う角度から入ってきた情報による。それが、シャルソンだ。

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安曇野市議会の議事録に「シャルソン」という文字が

シャルソンとは、元々、「ソーシャルマラソン」の略称だが、およそマラソンとはかけ離れた概念のもとに開催されるイベントだ。以前にも、「コワーキングツアー・リポート〜熊本番外編」で少し書いたが、ここでおさらいしておくと、シャルソンとは、「街と人の再発見」のために行うイベントであり、参加者はタイムではなく体験を競う。

シャルソンでは、

  • 42.195km走らなくてもよい。100mでも10kmでもOK。
  • コースも決まっていない。どこをどう走ってもよい。
  • ただし、街中のお店や施設が「給●ポイント」となり、そこでは水ではなく、さまざまなモノやコトが提供される。(例:カレーを食べる、ビールも飲んでしまう、イベントに参加する)
  • さらに、走らなくてもいい。自転車でもバスに乗っても船に乗っても構わない。
  • ゴール地点と時間だけ決まっている。
  • 参加者は、移動している最中に見つけた「面白いと思ったモノ、コト、ヒト」をFacebookに随時アップしていく。

このFacebookにアップされたものを、ゴール後、全員でレビューするのが楽しい。それ自体が体験の共有となり、そして、街のリソースの再発見につながる。そこから、街づくりのヒントを得たり、そのためのコミュニティができたりする。このあたり、特に地方においてはコワーキングとの親和性が極めて高い。

そしていまや、全国各地で100数十回のシャルソンが開催されている。しかも、各地が独自に企画し、自律的に開催していて、それを中央でいちいちオーガナイズしないところがいい。コワーキング(スペース)の理念も、実のところこういうことにあると思う。

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ちなみに、シャルソンの発案・創始者は、東京で一番最初にオープンしたコワーキング、「PAX Coworking」の主宰者でもある佐谷恭氏だ。

シャルソンはネットサーフィンしててたまたま見つけたんです。マラソンとは逆の発想だということはすぐにわかりました。で、地元と繋がった気がしました。
というのは、実は安曇野市は5つの市町村が合併してできたんですが、合併前の3つの町村で開催されていたマラソン大会が合併した途端なくなってしまったんですよね。だったらシャルソンならいいんじゃないかと考えたんです。そんなに大きな組織は必要ないし、日常の町がコースになればいいのでわざわざ整備する必要もない。しかもSNSでやるので、いやでもこの辺の人たちなら参加してくるだろうなと。
それとなにより、「タイムを争うのではなく体験を争う」というところにガツンとやられました。(笑)

面白いと思った篠原さんは、2012年の12月、早速、世田谷経堂のPAX Coworkingまで佐谷さんに話を聞きに行った。そしてすぐさま、次の行動に出る。

2012年の暮れごろでしたか、役所の観光交流課に行ってこういうのがあると企画書持って提案しに行ったんです。来年やるつもりだけど、市として協力してくれるなら詳しく話し合いたいと。そしたら、「面白いね」となって。

このへんですでにお気づきと思うが、篠原さん自身、ここ安曇野の地で人をつなぐことで、モノやハコではない、コトを起こそうという気概に満ちた人物だ。

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次いで、間髪入れず、2013年2月の第2回世田谷シャルソンに出場した。そこで、「あ、これでいいんだ、これならできるなと、もっと面白くやっちゃおうかなと思いました」と俄然ボルテージが上がる。そしてその想いは、町をも巻き込むことになる。

その後、3月の議会である女性議員さんが、「合併後大きなイベントがなくなった、マラソンがなくなった、集客イベントとしてどういうことを考えているのか、民間では安曇野シャルソンというものをやりだしている人がいるそうだが市としてどういう考えなのか」と質問したんですね。そしたら、商工観光部長が「私も存じております」って。(笑)

その後、安曇野市議会の議事録に「安曇野シャルソン」という文字が掲載され、市民の注目をあびる機会になった。議会の議事録に「シャルソン」という言葉が載ったのは、これがはじめてではないだろうか。

そして、篠原さんは、2013年5月、ようやく第1回安曇野シャルソン開催にこぎつける。手配した給●ポイントは全部で17箇所。「ちょっと、多すぎました」と笑うが、スウィーツ店やスーパーマーケット、ラーメン店やレストラン、自動車販売店など、さまざまな事業者が協力してくれた。

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こんな田舎であっても、それは絶対必要だと思う

元々、篠原さんは、安曇野の平での人のつながりに殊の外熱心に取り組んでいる。それは、2011年にスマホに変えてWifiが使えるようになったときにもそうだった。

個人的にWifiを使ってて、ケーブルがなくて便利だなと思ってたんです。で、FREESPOT協議会をベースにして安曇野の平にWifiスポットがたくさんできたら、どんなにいいだろうなと、いろんな場所でWifiが使えればいいなと思ってたら、ある日、NTTさんがうちの生徒さん向けにWifiを紹介してくれと営業に来たんですね。この春から大体的にWifiをやると。あ、これだと思いました。

NTTによれば、2012年の2月から光ステーションを設置していきますと言う。プロバイダーは指定されるが、規約によって不特定多数に利用させてもOKであれば問題ないということなので、これまた早速に、NTTの光ステーションをスタートさせた。

光ステーションを安曇野に拡めていけると思ったんですよ。グループ化ができるというのがミソです。要するにNTTとしては商店街をイメージして作ったらしいんです。商店をグループ化してひとつにまとめて管理していくというイメージなんでしょう。
じゃ、安曇野の平で集めるからとはじめたら、当時、30数店舗が加盟したんですね。これには、NTTもびっくりしちゃって、「こんな広い地域は想定していない、うちはほんとに商店街の…」って。(笑)

安曇野は「平」というぐらい広い。当日伺ったときには、わざわざ駅までクルマで迎えに来ていただいたが、走り出してすぐ窓の外は広大な田園風景となった。この環境で、いやこういう環境だからこそ、地域の人たちがつながることの重要性を篠原さんはひしひしと感じている。

勤め人が多いから家でネットに繋がるし、なくて困ってるということはないんですよね。でも、これは設備じゃなくて「そこに人がいるから来る」というところが肝心なんだと思います。モノづくりじゃなくてコトづくりに力を入れていかないと。ソフト産業と言ってもいい。こんな田舎であっても、それは絶対必要だと思う。

ハコやモノではない、ぼくらはヒトでありコトなんですよ、という考えが、コワーキングにもつながってくるのに不思議はない。

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スパークが起こる、それがコワーキングの醍醐味

ここでやっと話がコワーキングに移る。シャルソン創始者の佐谷さんとの出会いで、コワーキングのことを知り、「あ、これは自分がやってるITサロンと同じだな」と思った。だが、自信があったわけではない。

いや、自信はなかったですね。パソコン教室と併設して運営できるか、そこがわからなかった。ITサロンの感覚とは違いますし。コワーキングはもっと仕事、ビジネス寄りでしょう。地元を見たらそういう人達がいるのかなというのもあって、気にはなってたんですがすぐには動きませんでした。

その背中を押したのは、またしてもシャルソンであり、佐谷さんだった。

2013年9月に牡鹿シャルソンがあって、東北の状況を見ておきたかったので参加したんです。で、次の日が前橋シャルソンだった。佐谷さんと前橋に行く途中、クルマの中で「コワーキングスペース始めようと思うんだけど」「じゃ、やってみればいいんじゃないですか」「あ、いいかな」みたいなことになって。(笑)
「別に本業の時間とかに差し支えない範囲内でやればいいんじゃないですか」と言われて、あ、そうなんだぁ、と。「環境整ってるんでしょ、WIFIあって空いた部屋があるのなら、それでいいじゃないですか。無理しない範囲内で、毎日でなくてもいいんじゃないですか。開いてるのは何曜日と何曜日だから、という感じで」。あ、それじゃ、やろうと。(笑)

いや、いまだから笑って話せるが、その時のお気持ちはよく判る。誰でも新しいことを始めるときは不安だ。

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だが、最初から完全を目指す必要は、少なくともコワーキングに関しては、ない。コワーキングはホスト側がすべてを仕切る施設ではない。利用者同士、あるいはそこに運営者が適宜自在に絡んで、コワーキングとしての機能が発動するエンジンだ。
そもそも、運営者側が最初に考えるコワーキングは、大概の場合、利用者のそれとは食い違っている。そこを徐々に解しながら調整していく、自分もそのコミュニティの参加者であって、なんら問題はない。そうして、「安曇野コワーキングスペース」は2013年12月にオープンした。

ハコとかモノとかは見た途端に「あ、こういうものなんだ」と思考が止まるじゃないですか。それではもったいないですよ。世の中には、見えていないこと、知らないこと、知り得ていないことのほうが多い。思いもよらなかったという発見がある、スパークが起こる、それがコワーキングの醍醐味でしょう?いままでにない面白いことをやる、という気持ちでした。

そういう思いで始めたコワーキングだが、反応はいまいちだった。チラシを作って地域内をポスティングして廻ったが、一件も問い合わせがなかった。篠原さんは「まあ、そうだなぁ、と。しょうがないですよ、田舎だし」と、折り込み済みであったと明かす。

松本市のさる団体がパソコン教室として使いたいとの要望があり、もう3年近くやってきた。そこで、受講する人たちにコワーキングについて地道に説明を続けているが、「誰が来ても仕事していい場所としてのコワーキング」はなかなか浸透しない。

ただ、「パソコンを使って仕事までしないというか、専門的な技術でご飯を食べようという人がいないからかも」と篠原さんは言うが、そんな人ばかりのぼくの運営するコワーキングも、それはそれで問題ではあるのは確かなのだ。さまざまな人が交差するコワーキングの多様性が失われるからだ。

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それで思い出したが、随分前に、自宅でご近所の奥さん方を集めて洋菓子教室をされている女性がひょっこり来られたことがある。その時は、近く開講する教室のポスターを作りに来られたのだが、その数日後に、「これ、みなさんで召し上がってください」とクッキーを差し入れていただいた。

その時彼女は、「もしよろしければ、食べてどうだったか、感想を聞いていただければ嬉しいです」と、簡単なアンケート用紙を置いて行かれた。うちはほとんど男性ばかりで、しかも年齢層は比較的高い。どうかなと思ったが、言われたとおりに来た人に食べてもらってアンケートを取った。その中に、結構、洋菓子にうるさい人物が一人いて、社交辞令ではない、かなりストレートな感想を書き込んでいるのを発見した。

一瞬ためらったが、そのままお渡しした数日後、「この方のご意見が、一番参考になりました」と礼のメッセージが届いた。「私はいつも女性にばかり提供していて、男性の味覚や食感がちっともわからなかったのです」。こうした違う属性の出会いがヒントやアイデアを交換させ、新しい価値を創出していくためにコワーキングはある。

そういう意味では、イベントはコワーキングに多種多様な人を惹き付ける有効な手段だ。これは、なにもウェブ系のセミナーには限らない。このツアーリポートでも各地のイベントについて報告しているように、ありとあらゆる企画が生まれ実行されている。

多様性を求めるのなら、誰でも参加できる共通のテーマを見つけるのが秘訣だ。例えばそれは、「この街の抱える課題は何か」でも構わない。そのテーマに呼応する人たちが、ほんの数人でもやってくれば、そこにプロジェクトが起こる可能性はある。そのベースとして、コワーキングが役に立つ。

コワーカーの流動性をサポートする地方都市のコワーキング

地方都市でのコワーキングが連携して何かイベントを行うことも、地元での認識を広めるのには有効だろうと、ぼくは思っている。以前は、年に一回、ドカーンと大きなイベントをやるのが当たり前のように感じていた時期もあるが、今となっては、各地が各様に自律的にコトを起こすほうがいい。できれば、それを横展開してつなげていっても面白いし、そうなればコワーキング本来の多様性も活かせると思う。

そしてその横展開がコワーカーの流動性を高める。ここがミソで、そもそも、母数の小さい地方であれば、自力で利用者を増やすには自ずと限界がある。それを解決するためには、他の地域からの流入経路を設計する必要がある。つまり、コワーカーの流動性を促す仕組みだ。もちろんそれは、小さなパイを奪い合う不毛な行為ではなく、コワーキングスペースが連携して協働することで分母の底上げを図ることを目的とする。つまり、流動するコワーカーを地方都市のコワーキングが全体でサポートする仕組みだ。

コワーカーが各地でコワーキングを利用し、コミュニティに参加し、自分のコミュニティも動かしつつ、その土地の人たちと連携を深めていくことで、これからの社会での立ち位置を揺るがないものにしていく。そのプロセスを下支えするのが、地方都市のコワーキングだ。いま、地方都市(とりわけ、地方行政)が取り組むのは、ただただハコだけを設えることではなくて、こうした流動するワークフォースのベースとなるコワーキングの実現なのだ。蛇足だが、このコワーキングツアーもその方向性を指し示すために行っている。

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そこに、篠原さんのような、ずっと以前から地域のつながりを強いものにしてきた人が必要となる。

私としてはここで踊ってみせるしかないなと思ってるんです。コワーキングってなんだってそんなに固く考えなくても、篠原、いつも面白いことやってるわってそれでいいと思うんですよね。なんだろうなって思ってもらえれば。

謙虚だが、その意志は固い。これからやりたいことは何ですかと尋ねたら、「もっとコワーキングを啓蒙していくこと」と言い切った。

長野県のコワーキングをどう機能させるかというミーティングも、行政主導で行われたらしいが、その後のつながりはうまくいっているのだろうか。長野県はコワーキングの開設に際して助成金を支給するなど、コワーキングへの期待度もかなり高いと感じるが、内容の伴う社会資本として維持継続するための方策が求められるのも事実だろう。

「長野のコワーキングで合同でなにかやれたらいいのになと思いますね」と、最後に篠原さんは言った。もうすでに何か企んでいるように、その目は子供のように笑っていた。

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Azumino Coworking(安曇野コワーキングスペース)

 

〒399-8211
長野県安曇野市堀金烏川5099-3
TEL. 0263-73-6733

・ドロップイン:2時間以内:500円(税込み) 2時間〜:1,000円/日(税込み)

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伊藤富雄

Webビジネス・コンサルタント、コワーキング・エバンジェリスト。自らコワーカーとして業務遂行しつつ、コワーキングの啓蒙と普及に努める。2010年、日本で最初のコワーキングスペース「カフーツ」を神戸に開設。2012年、経産省認可法人「コワーキング協同組合」設立、代表理事就任。2014年「コワーキングマガジン」発行。2016年より「コワーキングツアー」を開始。著書に『グレイトフルデッドのビジネスレッスン#』(翔泳社:翻訳)など