長期滞在型コワーキングも可能な「ONOMICHI SHARE」(広島県尾道市)

各地のコワーキングスペースを巡り、日本のコワーキングの「今」を体感するコワーキングツアー。そこで見聞したコワーキングのあれやこれやを切り取ってご紹介するコラム、その20回目は、広島県尾道市の「ONOMICHI SHARE(尾道シェア)」さんにおじゃまし、運営者であるディスカバリングせとうちのバイスプレジデント石井宏治さんにお話を伺いました。
(取材・テキスト / 伊藤富雄 取材日:2016年6月21日)

ONOMICHI SHARE
〒722-0035 広島県尾道市土堂2丁目10番24号
TEL.0848-38-2911

観光を柱にした尾道ならではの地元越し

尾道はご存知の通り坂の町だ。だが、海が近いと言ったほうがこのコワーキングには相応しい。2階にあるスペースの窓からすぐ下に海が迫り、その向こう、ごく近くにいくつもの島並みを望む。こういう景観を持つコワーキングは、もしかしたら日本ではここだけかもしれない。

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「ONOMICHI SHARE」の運営母体であるディスカバーリンクせとうちは2012年6月に起ち上がった。「ONOMICHI SHARE」の立ち位置を理解するためにも、先にディスカバーリンクせとうちの事業のことに簡単に触れておこう。

少子高齢化が進む中、地元に若者がなかなか帰ってこない、このままなにもしないでいると、街に元気がなくなってしまう。そういう危機意識から、石井さんの同級生や先輩たちが結束し、観光を手段に事業と雇用を創出する会社としてディスカバーリンクせとうちが設立された。
ディスカバーリンクせとうちが最初に手がけたのは、「せとうち 湊のやど」だ。

ここ、尾道や鞆の浦には、歴史のある建物が数多く残されている。それらを著名な建築家の手を借りて宿泊施設として再生した。「せとうち 湊のやど」は、ひとつの敷地内に二棟の建物を擁する。ひとつは昭和初期の洋館をリノベーションした島居(しまずい)邸であり、もうひとつは江戸後期、松江藩の数寄屋造りの出張所を再現した出雲屋敷だ。まさに「町並み保存の意義を見つめ直し、日本の美意識に改めて気がつく空間」を実現している。これらは上下、または左右にふたつに分けてシェアすることも、一棟借りすることも可能なので、企業の研修などにも使われている。

もうひとつ、紹介しておきたいのが「ONOMICHI U2」だ。「ONOMICHI U2」は、広島県の海運倉庫を、サイクリストに必要なサービスが整った複合施設として再生させたものだ。尾道は、愛媛県今治市までの70kmを走るしまなみ海道の起点だ。しまなみ海道は、CNNが選ぶ世界の7大サイクルロードにも選ばれていて、海外のサイクリストの注目度も高い。ここでは、ホテルやサイクルショップ、カフェなど、サイクリスト向けサービスを提供している。地元、広島出身の建築家、谷尻誠氏が手がけたこともあり建築ファンも多く訪れる。

その他、「鞆 肥後屋」や、「尾道デニムプロジェクト」など、ディスカバーリンクせとうちではこの土地ならではの商品開発にも余念がない。

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サテライトオフィスという呪縛からの解放

さて、「ONOMICHI SHARE」だが、ここはもともと尾道市の書庫として使われていた市営倉庫だった。それを有効利用する目的で「尾道サテライトオフィス誘致事業」という公募型のプロポーザルがあり、それにエントリーしたディスカバーリンクせとうちのプランが採択され、2015年1月にオープンした。ディスカバーリンクせとうちとしては、最も新しい事業だ。

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観光を手段にした事業からは若干離れるのですが、我々も宿泊施設だけではなくて、働く場所があれば尾道にもっと人を呼んでこれるし、地域振興にも繋がるだろうと考えたのです。それに、うちのグループ内にもシナジーがあるのではないかな、ということでスタートしました。

海に近いので、いかにも「オフィス」という感じにはせず、リラックスして仕事できるような形にするために、もともと小さかった窓も壁一面に大きく全面開放にし、アンティーク家具を揃え、テラスを設けるなど、一見、海外のコワーキングを連想するような設えだ。

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最初の狙いとしてはクリエイティブ系のパソコン一台で仕事をする人が集まることを想定していた。しかし、尾道市のコンセプトは、あくまでここをサテライトオフィスにして県外あるいは市外からテナントを呼び込み、その企業が尾道の人を雇用する、いわば雇用促進の一環として有効活用するというものだった。

地元の人がどんどん集まるというよりも、外から来た人が集まる場所というのが、そもそもの市の想いだったんですね。なので、法人会員は県外から募集し、個人会員は尾道市外から募集することになりました。

つまり、ローカルの人が自身のビジネスの拠点としては利用できないルールだった。「地元の人が喫茶店代わりに使うのは本来の趣旨とは違う」ということだったらしいのだが、何かおかしい。あるいは、地元にはニーズはないという観測が前提にあったのだろうか、いささか窮屈な条件だし、人の交流こそが事業も雇用も起こすという現実を見過ごしているように思える。

またその一方で、フリーランスの人が移住してきた際に、移住してきたがためにここを使えなくなるのはおかしいので、「移住の場合はOK」というルールもあったらしいが、そんな例外を設けること自体、制度に矛盾がある。早晩、制度疲労を起こすかもしれない。
そして、案の定、その危惧は現実となる。いや、なってよかったのだが。

ところが、地元の人たちからも使いたいという声があがりました。また、外から来られた人たちにとっても地元の人とのつながりは必要です。そこで市とも話し合い、その限定条件を撤廃し、この6月からは地元の人も、つまりどなたでも会員になれるようになりました。

当然の成り行きだろうし、そのほうがコワーキングとしてローカルに果たせる役割は大きい。

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そのようなことがあったとはもちろん知る由もなかったが、この話が出たので書いておくと、実は当初、「ONOMICHI SHARE」はコワーキングツアーの訪問先リストには入っていなかった。広島行きを決めてから情報収集した時点では、「ONOMICHI SHARE」にはドロップインがなかったからだ。たぶん、上記のことが関連していると思われる。

ドロップインのないコワーキングは、このツアーの「誰でもが利用できる地方のコワーキングスペースをつなぐ」という目的に合致しない。一見さんの我々は、出入りできないから仕方がない。だから、やむなくそういうスペースは行程から外している。

しかし、スケジュールを組んでいる最中に「ONOMICHI SHARE」をドロップインで利用したという方から情報が寄せられた。よく調べてみると、ブログには、試験的に運用していたドロップインは2015年8月から誰でも利用できるようになったとある。危ないところでスルーするところだった。

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もう一点、上記の経緯を伺ってあらためて思ったのでこれも書いておくが、ぼくは例えば全国の自治体がこぞって訪れる徳島の神山バレーに代表されるような、地方の古い施設をリノベーションして都市圏から(文字通りサテライトオフィスとして)企業をオフィスシェアさせる方式が、必ずしもローカル経済に期待通りの効果をもたらすとは思っていない。

サテライトオフィス自体は、その意義を認める企業はどんどん実践すればいい。近頃、リモートワークを徐々に取り入れる企業も増え、サテライトオフィスとしてコワーキングを利用する傾向も確かにあり、非常に喜ばしいと思っている。そこで、さまざまなヒトとコトに遭遇することで、その企業の新しい価値創造へのスパークが起きる可能性が十分にあるからだ。

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しかし、10社がオフィスシェアしたところで、その10社しかそのオフィスに出入りせず、その10社間でしか交流がないのなら、ローカルと交わることでローカルのリソースを十二分に活用し、相互に貢献できる、せっかくの機会を失うことになるのではないか。ドロップインはそれを実現するひとつの方法だ。

地方行政がすべきことは、都市圏の企業にオフィスを提供することではなく、彼らとローカルが交差する場に彼らを呼び寄せ、ローカルに新しい価値をもたらす仕組みを作ることだ。誘致した企業のリソースを最大限に活用するぐらいの意気込みで、地元とクロスさせ、地元に事業を興すきっかけを仕掛けるべきだ。クローズドな場であるかぎり、そこにスパークは起こらない。

これは、この国の地方自治のあり方を示す一例なのかもしれない。一種の呪縛だ。だが、それも地元市民の声によって解放された。ちなみに、「ONOMICHI SHARE」は、それまでできなかった土日・祝日のドロップイン利用を4月にスタートさせている。これもまた、常に利用者の要望に耳を傾けながら、コワーキングの本質を放棄せず、「ONOMICHI SHARE」自身が徐々に当初の運営方針を修正していった結果だ。

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宿泊とコワーキングは地方創生のキーワード

「ONOMICHI SHARE」には、レンタルサイクルがある。実はシャワー室もあって、同行者が早速その恩恵に浴した。むろん、前述のしまなみ海道をサイクリングする利用者を想定してのサービスだ。

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仕事もしながら遊びも、というコンセプトです。こういうロケーションなので、アクティビティを用意したほうがいいだろう、仕事だけじゃなくて尾道を愉しんでもらおう、ということなんです。

同系列の事業である前述の「ONOMICHI U2」とも、「仕事+遊び」で連携させることは可能だ。(ただし、「ONOMICHI U2」はツイン24室のみなので、ほぼいつも満室状態らしいが)

面白いのは、毎回2〜3名の社員を尾道に送り込み、2週間、U2に泊まって仕事をする、という企業があります。仕事だけではないんです。半日は仕事ですが、あとの半日は尾道の余暇を愉しむことになっていて、皆さん、喜んで自転車で出かけて行かれますね。社員の福利厚生の目的で全社員を対象にされています。

なるほど、そういうパッケージが用意できるのは、尾道の強みだろう。そして、企業だけではなく、個人も仕事をしながらアクティビティを楽しむようになれば、それすなわちコワーケーション(Coworkation)となる。企業内の制度としてだけではなく、いわゆる「移働」するデジタルノマドにも利用されれば、彼らの情報発信力で自然に人に伝わっていく。ちなみに、U2の宿泊客の30%は海外からだそうだ。

一方、尾道には10年ほど前から、街なかの空き家をリノベーションしてゲストハウスとして運営する、その筋ではつとに有名なNPO法人「尾道空き家再生プロジェクト」がある。ここのゲストハウス「あなごのねどこ」りしつつ、「ONOMICHI SHARE」で仕事に励む人も何人かいるそうだ。こうした連携は自然に起こるが、うっかり見逃してはならないところだ。

余談だが、この夜、我々は「尾道空き家再生プロジェクト」が運営するゲストハウス、「みはらし亭」にお世話になった。360段もの石段を上がるのはハードだったが、風情のある素晴らしい宿だった。ここを教えてくれたNさんにお礼を申し上げる。
(なお、この時の広島のあちこちを歩いたことは、こちらのブログにも書いている。その階段の写真もあるので、興味ある方は参照されたい。)

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昨今、地方行政は移住の呼びかけに躍起となっているが、いきなり移り住むことを求めるのではなくて、お試ししてもらう意味での「長期滞在型コワーキング」を導入したほうが賢明だし、それこそ地方創生にも貢献できると思うがどうだろう。

これを、「短期移住型コワーキング」と呼んでもいい。ひとまず、仕事のできる環境で知己を得、コミュニティに参加し、居心地を確かめつつ、仕事仲間も作る。そうしたプロセスの結果、移住という選択ができるのではないか。コワーキングとゲストハウスの組合わせは、そのためのステップとして大いに効果的だと思う。

ところで、「ONOMICHI SHARE」のアクティビティにはサイクリングの他に、クルージングやフィッシング、ゴルフにスノースポーツ、はたまた神勝寺での座禅など、バラエティに富んでいる

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地元のハブを目指すコワーキング

都市圏のような利便性に劣るぶん、都会とは違う付加価値を設ける必要があることに、もちろん石井さんは気づいている。ただし、

皆さんに来ていただくには、アクティビティだけではダメだと思っています。それだけではなくて、ここに来ればいろんな情報が得られるとか、いろんな人とつながれるとか、いわば「ハブ」になるようなことが、ここの本来の役割だと思っています。

そのひとつとして、ここに来ていただく理由を作るために図書館のグループ貸し出しを利用して、図書館の司書がチョイスした50冊と、「ONOMICHI SHARE」のスタッフがチョイスした50冊の計100冊の本を、毎月、入れ替えている。図書館に行かなくても、ここでトレンドの本を読めるわけだが、これはぜひ真似したい。

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人が集まるには、イベントが結構そのきっかけとなる。「ONOMICHI SHARE」では、広島県主催のハッカソンやワークショップの会場となることもあるが、直近では、尾道自由大学のトークイベントを開催するなど、参加する人の自主自立を尊重する新しい学びの場の提供にも一役買っている。なんと、大学祭もここで開催したそうだ。

「ここを知ってもらうためにいろいろ企画していますが、もっとビジネス寄りの、スタートアップだとか起業系のセミナーもやっていかなくてはと思っています」とは、取材当日の石井さんの弁だが、8月20日には広島市の「ポートインク」と連携して起業家トークライブも開催する。これはいい。地方のコワーキングスペースが連携して共同でイベントを開催するのは大変いいことだと思っていて、大いに奨励したいところだ。

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「ONOMICHI SHARE」の利用者には、ウェブデザイナーや翻訳家、マーケッターなどの他に、漫画家もおられるそうだから、将来、クリエイティブ系のユニークな講座も開講されるかもしれない。そして、

最近、利用者の中で仕事のつながりも出始めているようなので、それはいい傾向だと思っています。

石井さんはごく控えめに言うが、人つながりの過程で多様な価値が生み出されていく、それこそがコワーキングの醍醐味であり、今こそ地方都市に必要とされる仕組みだ。その兆しがあるというのは、「ONOMICHI SHARE」がしっかりコワーキングとして機能しているということの証左にほかならない。

まだまだ認知されていない、というのはどこのコワーキングでも抱えている同じ悩みだ。だが、ひとつずつ丁寧に繋いでいくことで必ず成果が現れるとぼくは信じている。

お互いに補完し合う関係を結べた時、コワーキングはローカルエコノミーを最大のトルクを効かせて駆動するエンジンになる。「ONOMICHI SHARE」はすでに、そのために動き始めている。

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ONOMICHI SHARE

〒722-0035 広島県尾道市土堂2丁目10番24号
TEL.0848-38-2911

・ドロップイン 利用時間:月曜日-日曜日 9時~18時 (イベント開催日を除く)
 利用料金:2h / 500円 1day / 1000円(各税別)
・法人会員 入会金:50,000円 月額:50,000円
・個人会員 入会金:10,000円 月額:10,000円

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伊藤富雄
Webビジネス・コンサルタント、コワーキング・エバンジェリスト。自らコワーカーとして業務遂行しつつ、コワーキングの啓蒙と普及に努める。2010年、日本で最初のコワーキングスペース「カフーツ」を神戸に開設。2012年、経産省認可法人「コワーキング協同組合」設立、代表理事就任。2014年「コワーキングマガジン」発行。2016年より「コワーキングツアー」を開始。著書に『グレイトフルデッドのビジネスレッスン#』(翔泳社:翻訳)など