起業家精神とチャレンジシップを育むコワーキングスペース「port.inc(ポートインク)」

各地のコワーキングスペースを巡り、日本のコワーキングの「今」を体感するコワーキングツアー。そこで見聞したコワーキングのあれやこれやを切り取ってご紹介するコラム、その17回目は、広島市の「port.inc(ポートインク)」さんにおじゃまし、運営者である株式会社Hint代表取締役の中島久美子さんにお話を伺いました。
(取材・テキスト / 伊藤富雄 取材日:2016年6月20日)

port.inc(ポートインク)
〒730-0802 広島市中区本川町3丁目1番5号 シーアイマンション2F (入口は川沿い側)
TEL.082-532-0039

地方創生に一役買うコワーキング

この4ヶ月ほどツアーを続けてきたが、地方都市のコワーキングスペースが、殊の外、起業・創業に深く関わっている実態を目の当たりにして、正直なところ認識を新たにしている。そのことをマクラに書いておきたい。
もとより、コワーキング(スペース)はただの作業場ではない。コワーキングはそこで仕事をする、そこに集う人たちが相互に補完できる関係を築く仕組みであり、それは互いに貢献しあうコミュニティとしてまずそこにあり、かつ、利用者がそれぞれの方法でそのコミュニティを活用できるのが本来の姿であり、コワーキングと呼ばれる最低の条件でもある。そうでないものをぼくはコワーキングとは呼びたくないし、そう呼ばない。

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そしてまた、そういう環境でコワーカーがそれぞれ仕事をするうちに、胸のうちに起業の火がポッとつくことは往々にしてある。これまでに積み重ねた経験や磨き上げた技能、あるいは価値観を共有できる仕事仲間を得て、よし、自分のビジネスをやろうと思い立つ。そうしたスパークの瞬間を起こし得るのもまた、コワーキングがこの社会に果たす役割でもある。
全国の地方自治体は、「地方創生」の号令のもと、少子高齢化を背景にUJIターンと呼ばれる移住促進に懸命だが、ただ人口が増えれば地方の抱える問題が解決するわけでもなく、そこで働く人たちが何か価値を生み出し経済として回転しなければ、むしろ負担が増えるばかりで早晩立ち行かなくなるのは自明の理だ。
ぼくはいたずらに移住を呼びかけるだけでは人は動かないと思っていて、それより、一度試しにしばらく滞在して、その土地が自分の生き方にうまくマッチできるかどうか、確かめる時間とそのためのシンプルな制度が必要だと思う。むろん、その検討対象として、住む環境に加えて、働く環境についても勘案されるべきなのは言うまでもない。

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ちなみに、ぼくは働くための拠点(BASE)をいくつも持つことがこれからの社会で仕事する、あるいは生きていく術として最も有効だと考えている一人だ。だから、「定住」を前提とした移住を勧める風潮には諸手を上げて賛同するものではない。
その意味では、コワーキングは(とりわけ「移住を呼びかける地方」のコワーキングは)、結構重要なポジションにある。誰でも自由に利用できて、うまくコミュニケーションできれば(ここは、日本人は下手だから運営側のエスコートが必要だけれども)、そこに共通の分野で仕事する仲間ができる可能性があるからだ。
仲間がいるということが、そこがどこであるかということよりも、仕事する上でどんなに大切かは、いくら言っても言い足りない。すでに、会社という閉じられた組織の中に仕事仲間がいることよりも、組織の外、もっと広く社会のあちこちに仕事仲間がいることのほうが生きていく上での必須条件になりつつある。いわば自分コミュニテイであり、その起点のひとつがコワーキングだ。
そんなことをあちこちで話していたら、長野県ではこういう取り組みが始まるらしい。

ときどきナガノ

IT業界の人に限定しているのは移住しやすい職種という目論見だろうか。「ときどき」訪れて、仕事して、ついでにアクティビティを楽しんでみませんか、という呼びかけは確かに魅力的だ。
長野県が、交通費や宿泊費、オフィス利用料の一部を補助するというのも、お試しを後押しするだろう。こうした取り組みは、今後、全国の地方自治体で実行に及ぶだろうし、個人的にはそうなることを願っている。是非に。
さて、このコワーキングツアーで最初に訪れた福岡は創業特区として起業・創業系の施策に極めて積極的に取り組んでいて、コワーキングもそのプラットフォームとして機動的に動いている。また、郡山も起業補助金制度に絡めて、市長自らがコワーキングの起業イベントに参加するなど、地元での「起業家起こし」に余念がない。
そして今回、実は広島でもそうなのだと知るに及ぶ。

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タイミングと後押しする先輩の存在

ポートインクのオープンは、2014年の6月で、まる2年が経過した。ちなみに、「ポートインク」とは、「ヒトやビジネスで繋がる場所としての港」のポートと、「Inc(企業)、インキュベーション、それにIncident(偶発的なコト)」のインクを合わせたとのこと。「名前は読みやすいほうがいい」というアドバイスもあったそうだが、確かに二音節は読みやすく言いやすい。

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中島さんは、元々、中国電力の起業家支援施設である「SOHO国泰寺倶楽部」で、起業家を支援するコンシェルジュとして12年の勤務経験を持つ。しかし、その建物の耐震構造に問題があることが発覚、惜しまれつつ閉鎖されることになったのを機に起業することを思い立つ。

再就職しようかなとも思ったんですが、創業補助金の話を聞いて、ダメ元でエントリーしようかという気になったんです。でも、結局はしませんでした。その時点では、決断までは至ってなかったというか。
でも、それまでにできたつながりをなくしたくなかった、というのはありました。10数年の間、延べ100社の方々と人脈を作ってきたことが結果的にキャリアとしてはありましたし。ただ、それ以上に、起業家さんを応援したいという気持ちがあったことのほうが大きいですね。

前職でつながりのできた3人の先輩経営者にも相談した。「本当にやる気はあるのか?」と問われて、「あります!」と答えてしまったので後に引けなくなったと笑うが、むしろ後戻りしたくないという気持ちが中島さんの背中を押したのだろう。

タイミングですね、これって、全部。だって、中電(のSOHO国泰寺倶楽部)終わってなければ始めてませんものね。

それを巡り合わせと言う人もいる。なにかコトを起こそうという時、曰く言い難い力が働いてスイッチを押す。その瞬間を見逃すか見逃さないかで、その後の人生は随分違ってくる。ちなみに、その3人の先輩経営者はいずれも経営歴10年を越すベテランで、その後もポートインクのサポーターとして重要なポジションにある。
前職の施設がその年の6月に閉鎖することが決まると、中島さんは早くも3月に行動を起こし、今の物件の内装工事にとりかかる。これまたタイミングよく広島県産材利活用事業の対象となり、県産の杉や檜材を使えるようになった。それも、くだんの先輩経営者の差配による。実に有難いアドバイザーだ。

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ポートインクのベースは会員制のシェアオフィスだが、コワーキングスペースとブースと個室の3パターンがある。これまでこのツアーでおじゃましたコワーキングにも、こうしたミックス型のスペースは4スペースあった。ビジネスの成長にともなってオープンスペースから個室に移動することも考えられるので、利用者にとっては便利だろう。
ポートインクでは、ブースや個室の利用者も受付を通らないと自分の部屋には入れない設えなので、運営側とコミュニケーションが自然と取れるようになっている。時には、シェアオフィスの人が来客対応とか、気分転換にコワーキングスペースを使うこともある。
では、コワーキングスペースの利用者とオフィスシェアしている人とのあいだはどうなんだろうか。

実はその双方のコミュニケーションが、まだうまくできていないんですよね。デイタイム会員(=ドロップイン)を作ったのも、それをしたかったからなんですけど。自宅で仕事している人とか、他所にオフィスを持ってる方にも使ってもらって、コミュニティのメンバーになってくれたらいいなと思って。
ホント言いますとそれは当初から考えていたことなんです。前職のインキュベーションにはなかったことですので。コワーキングという発想が。そこを新しくやろうと思って。

インキュベーション施設では孤独になりがちだとよく聞く。誰もひとりでは仕事はできないし、情報や知見を共有したり、仕事を分担したりできる仲間がいてこそ成果があげられる。デイタイム会員の存在が、コワーキングゾーンとともにそこを解決してくれる可能性は高いと思う。

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高いコンシェルジュ能力がウリ

オープンの際には、女性運営者による新しい形態のワークスペースということでメディアからもクローズアップされた。そういえば、全国には女性が運営するコワーキングが徐々に増えている気がする。子育てしながら働く在宅ワーカーのためだったり、女性起業家のためだったり、その目的はさまざまだが、インキュベーション施設出身の女性運営者というのはもしかしたらはじめてかもしれない。

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その後、少しずつ知名度が上がり入居者も増え、シェアオフィスはほぼ満室状態だ(※取材時現在)。個室の室料はリーズナブルな料金に抑えられているのだが、これにはサポート料も含まれている。シェアオフィスでもあるポートインクの、そこが強みでもある。

私たちは受付兼ビジネスサポートスタッフですね。常駐社員は要らないという会員さんに、使い勝手のいいサービスとして評価いただいています。でも、これって前職からやっていたことで一番重宝されていたことなんですよ。
ニーズが多いのは電話の代行受信ですね。留守の時はもちろんですが、在席時も受けてほしいという要望にもお応えしています。それと、荷物の引き取りや郵便物発送なんかも請け負っています。それらのサービスを含んでいるので、会員さんは人を雇わなくてもいいんです。

ついでに、ネット回線はもちろんのこと、複合機や細々した事務用品のほか、警備会社と連携したセキュリティや保険なども含めてパッケージ化し、付加価値をつけている。こうしたサービスは、まさにインキュベーション施設での12年のキャリアあってのものだろう。
ただ、コワーキング利用者にまでこのサービスを提供しているわけでは、もちろんない。しかし、スポット的にこうしたサービスを有料でも依頼したいというコワーカーはいるはずだから、ぼくの勝手な期待としては、いずれ対象を広げていただけたらと思う。

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利用者を増やすためにはイベントが有効だが、そのへんはどうなのだろう。

貸し切り会場としてイベントに使われることはよくあります。テーマは、ウェブ系のセミナーや、アイデアソンなんかも。あとはほんとにお稽古事(編み物教室とか)ですね。
告知はほとんどクチコミです。コピー機で刷るだけですけどチラシも作って役所や商工会議所においてもらったり。でも、一番効果あるのはFacebookですね。

ポートインク自身が主催するイベントとしては、「起業’s Bar 」がある。広島で活躍されている経営者をお招きして、夜19時〜21時までお酒を呑みながらディスカッションするイベントだ。参加費も比較的安価で参加しやすい。松山や郡山でも盛んに行われているものと同じ趣旨の起業系イベントだが、実はここに市長が来てプレゼンされた。

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起業マインドを持ってる人だけではなくて、もうすでに結構な経営者になっている人も参加されます。要は刺激がほしいらしくて。今やってる事業がマンネリ化してるとか、誰かと交流したいとか、そういう時ですね。少ないですけれど、中には学生もおられますし、会社員も来られます。

一方で、行政からの委託事業を請けて開催するケースも多い。去る3月2日には、ひろしま産業振興機構創業サポートセンター受託事業として、起業・創業セミナー「起業家大喜利“寄席なべ”」&「寄せなべ相談会」を開催した。居酒屋を会場に120名が参加した一大イベントだった。

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中島さんからの提案もあり、こうした行政のイベント開催にはしっかりコミットしている。前職のこともあるが、すでにポートリンクは起業・創業系として認知されているようだ。郡山の例もそうだが、地方都市のコワーキングはお手本にしたらどうだろうか。
ただ、「場所を知ってもらうにはよかった」という個人製作家のためのマルシェについては、いまひとつ目的が曖昧だったと、率直に反省することも忘れていない。今後は、ビジネスの成り立つよう設計し直して再開する予定だ。

この指とまれの起業家精神とチャレンジシップ

最後に、これから具体的にやりたいことについて尋ねた。

ポートインクのコンセプトは、「広島を起業家精神とチャレンジシップが日本で一番溢れる街に」することなんです。やっぱり、それがベースかなと。
そのためには、課題に対してここにいるみんながチームとなって解決するということをやりたいと思っています。せっかくこのスペースがあって、起業家とか経営者が出入りするのにバラバラではもったいないな、と。
この指とまれ方式で、そういうことができる場にできたらいいなと思っています。

そう言った後、「そのためには、コーディネーター役の人が要るとは思うんですけど」と中島さんは付け加えた。確かにまとめ役は必要だ。そして、不思議な事にそういう人材もコワーキングにはひょっこりやって来たりする。人が人を呼び寄せる、作り話に聞こえるだろうが、コワーキングに集まる人たちにはある種の磁力がある。
「起業する人たちがここに集まって、ここから羽ばたくといいなと思ってます」と中島さんは言う。その女性ならではのきめ細かいサービスと、起業家を応援するというミッションにぶれがない限り、ポートインクに人は集まり、そして羽ばたいていくことだろう。それこそが、ポートインクの目指すインキュベーションの姿だ。

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port.inc(ポートインク)

〒730-0802 広島市中区本川町3丁目1番5号 シーアイマンション2F (入口は川沿い側)
TEL.082-532-0039

「デイタイム会員」
・コワーキング
フルタイム(9:00~20:00)¥10,800/月 
ビジネスタイム(9:00~18:00)¥7,560/月
・ブース
フルタイム(9:00~20:00)¥16,200/月
ビジネスタイム(9:00~18:00)¥12,960/月
・ドロップイン
コワーキング(1ドリンク付)¥320/時間 (¥1,080/日)
ブース(1ドリンク付)¥540/時間 (¥1,620/日)
※その他、24時間利用の「フレックスタイム会員」料金もある

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伊藤富雄

Webビジネス・コンサルタント、コワーキング・エバンジェリスト。自らコワーカーとして業務遂行しつつ、コワーキングの啓蒙と普及に努める。2010年、日本で最初のコワーキングスペース「カフーツ」を神戸に開設。2012年、経産省認可法人「コワーキング協同組合」設立、代表理事就任。2014年「コワーキングマガジン」発行。2016年より「コワーキングツアー」を開始。著書に『グレイトフルデッドのビジネスレッスン#』(翔泳社:翻訳)など