スタートアップとものづくりとサブカルチャーがテーマのコワーキングスペース「ヨカラボ天神」(博多)

各地のコワーキングスペースを巡り、日本のコワーキングの「今」を体感するコワーキングツアー。そこで見聞したコワーキングのあれやこれやを切り取ってご紹介するコラム、その第5回目は、福岡は博多の「ヨカラボ天神」におじゃまし、運営会社の株式会社オリノス代表取締役である村橋法夫さんにお話を伺いました。
(※取材 2016年3月30日)

ヨカラボ天神
〒810-0041 福岡市中央区大名2-9-35 トウセン天神ビル9F

3Dプリンター、だけではない

「ヨカラボといえば3Dプリンター」というイメージはすでに定着している感がある。コワーキングスペースを始めるに当たり、ちょうど日本でも一般層の手が届くようになった3Dプリンターをいち早く導入しIoTの魁となったのは、スペースがただの作業場になったのではつまらないと考えたからだそうだ。

会員のビジネス領域が広まればと思って導入したのですが、3Dプリンターを利用する人は、起業家よりもむしろ会社に勤める個人の方のほうが多いですね。企業人でありながらも自分のビジネスアイデアのある方が、金型を製作するほどの資金がない場合、3Dでモデリングできるプリンターを利用するというパターンが多いです。お作りになっているのは靴とか工業製品の類。特許を申請するという場合に利用されるケースもありますね。

そう言う村橋さん自身は、実はハードは苦手と言う。「プリンターの使い方、活用の仕方は、もちろん最初はレクチャーしますが、基本的には利用者が自分で考えて使う、というスタンスです。だから、ここを”ラボ”にしました」。

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しかし、「ヨカラボ天神」は3Dプリンターだけがウリではない。むしろ、ものづくりはその一部であり、あくまで仕事と勉強のための利用が全体の9割を占める。メインユーザーはすでに起業している人だが、実は企業人の出張利用もかなり多い。

検索エンジンのおかげだと思います。「福岡、コワーキングスペース」で検索していただければ、うちは常に上位です。そこからの流入で利用申し込みをいただくことが多いです。

その一方、地元の会員同士のコラボにも意欲を見せる。

自然発生的にフリーランスの利用者同士でコラボを組むということはあります。喫煙ルームの中では、ちょいちょい知り合いになるようです。ただ、席にいるときにはあまり話しかけないんですね。なので、この人とこの人は合いそうだなと思った時には間を取り持ったりとか、コラボの案件が来た時にはそれに該当する人をご紹介するということもしています。そこから、取引が始まるということは何件も起こっていますよ。

コラボの結果、例えば共同で会社設立までこぎつけたという事例はまだないそうだが、今後はそこをバックアップする体制づくりに力を入れる予定だ。

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スタートアップイベントの功罪

前回までのリポートでも、福岡が創業特区としてさまざまな施策を実行していることは再々述べた。スタートアップ支援は、「ヨカラボ天神」でも主要テーマとして掲げている。しかし、安易なスタートアップイベントへの参加に、村橋さんは警鐘を鳴らす。

同じマインドの人たちと知り合ってモチベーションが上がるのはいいことかもしれません。でも、イベントに参加する事自体が目的になってしまって、その繰り返しに終わっているケースも目にします。それでは絶対に成功しないでしょうね。いつも同じメンバーと接しているのではなくて、本当に学ぶべき人、自分より上を行っている人と接する機会を作ったほうがずっと成長できます。ただ、そういう人たちは、そういうところへは行かないし、もっと違う動きをしています。

地味だが成功率が高い事業プランよりも、どこか変わっていてちょっと面白い(だけの)プランが結局優勝をさらう、ということはイベントの趣旨からしたらOKなのかもしれないが、果たして本当にスタートアップのサポートとして機能しているのかどうか。そのことを村橋さんは危惧する。

尖ってるだけで通ったりするんですよね。優勝するためだけなら尖ってるのを考えればいいと思うんですけど、でも実際に成功する事業を考えるのって本当に大変なんですよ。私、結構いろんな分野でやってますけど 大成功ってのはほとんどないですからね。なかなかできないことです。

その取り組み自体は批判しない。しかし、「私なら地味だけど本当の支援をする」と村橋さんは言う。

例えば、成功の方法を教えたとしても、必ずしも成功するとは限らない。成功のあとに失敗も起こり得るわけだし。ただ、ビジネスの考え方、こういう事業をやるにあたって最低限これだけはできてないといけない、という根幹的なことをやるべきなんですよ。でもこれが案外できていない人が多いですね。アイデアだけ持って私のところへ相談に来て、これではダメだと言ったら二度と来なくなりました。で、それでも褒めてくれる人のところへ行くんです。実は私も最初はそうだった。でもそれでは何も絶対にうまくいかない。

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村橋さん自身、多くの事業を起ちあげているアントレプレナーだ。タイのバンコクにも法人があり、主にコスプレを中心としたサブカルチャー関連事業を展開し、2016年7月からはコスプレスタジオの運営も開始する。「ヨカラボ天神」の利用者からタイでコスプレ専門誌が赤字で廃刊になりそうなので助けてもらえないかと打診があったので、元々海外展開を志向していた村橋さんが、現地のスタジオスタッフをそのまま引き継ぐ形で、その事業部分を買収したのだそうだ。

コワーキングスペースをやっていると、そういう話が入ってきます。どっちかと言うと、うちが一番恩恵を受けているかもしれませんね。コワーキング始めてから会社2社買収しましたから。ただ、なにかひとつに依存するという生き方は嫌なんです、事業にせよ拠点(国)にせよ。今、うまくいっている事業がうまくいかなくなったら会社がつぶれる、という状況にはしたくないんです。いろんな柱を持ってれば、どれかが倒れても大丈夫ですから。

危機管理能力は起業家には不可欠だ。そして、「ただひとつに依存しないで生きる」という考え方は、企業が複業(副業ではない)を認めるようになった最近の世相とも合致する。「ヨカラボ天神」を利用する企業人の中にも、そうした複業者がいるのではないだろうか。

一旦入社したら生涯生活には困らないという時代はとうの昔に過ぎ去った。大企業でさえも、明日、どうなるかわからない。「今、会社を首になったらと仮定して、なにか自分で稼げるというものが必要だと思うんですよ」と言う村橋さんの今を見る目は非常に冷静だ。

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リアリズムが信条

「ヨカラボ天神」では、毎年8月に設立イベントを開催する。村橋さんご自身だけでなく、知り合いの起業家も招いて、特に失敗した事業の話をしていただくのだが、実践者のリアルな話は大変ためになると好評らしい。何事においても、リアリズムが徹底している。

そして、「ヨカラボ天神」の今後のスタートアップ支援のテーマは、資金調達だ。

資金調達を指南する本はたくさんありますが、どれもキレイな話しか書いてありません。実際は、困ったときには知人や親からの援助を乞うことも当然あるわけです。そこはリアルなんです。銀行から借りるにしても、まず事業の内容を理解させなければならない。その上で、うまく付き合わなければならない。借りなくてもいい時に借りて、きっちり返済して実績作りをするなんてことも、そのひとつです。そういうお話をしたいですね。

今、「ヨカラボ天神」では、勉強のための自習スペースの稼働率が高い。この席数を増やして欲しいという要望もあるそうだが、それだったら場所の提供だけになってしまうので、当面、そのつもりはないと言う。

今後は本当の意味での支援と交流に力を入れたいと思っています。ただ、私自身は海外にいる場合もあるので、これをスタッフ主体でやれるような仕組みを作るつもりです。なかなか難しいですけれども。

「ヨカラボ天神」のテーマは、スタートアップとものづくりとサブカルチャー。実は、3Dプリンターのラボ自体の収益はそれほど高くないが、ラボがあるから来る人もいて、出会う人もいるのでやめるつもりはないそうだ。

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私自身もおたくなんですよ。実は先ほどのタイのコスプレスタジオの話も、フィギュアをいっぱい飾ってあるから舞い込んできたんです。ここのオーナーがそういうのが好きだと判ったんですね。私が不在の時でもフィギュアが代役をしてくれているわけです。

この日はたまたま奥の会議室で、子供にプログラミングを教えるワークショップが開催されていた。「会議室を貸し出しているだけ」とのことだったが、今後は「ヨカラボ天神」が主体となったスタートアップ支援のプログラムが整備され、学びの場としても利用者に歓迎されるのだろう。そしてそこにもきっと、ビジネスを成功に導くリアリズムが息づいているに違いない。

(取材・テキスト / 伊藤富雄)

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ヨカラボ天神

〒810-0041 福岡市中央区大名2-9-35 トウセン天神ビル9F

ドロップイン会員【500円(税込)/時、1,500円(税込)/日】
スペシャル会員【3,240円(税込)~/月】
シェアオフィス会員【33,480円(税込)~/月】

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伊藤富雄
Webビジネス・コンサルタント、コワーキング・エバンジェリスト。自らコワーカーとして業務遂行しつつ、コワーキングの啓蒙と普及に努める。2010年、日本で最初のコワーキングスペース「カフーツ」を神戸に開設。2012年、経産省認可法人「コワーキング協同組合」設立、代表理事就任。2014年「コワーキングマガジン」発行。2016年より「コワーキングツアー」を開始。著書に『グレイトフルデッドのビジネスレッスン#』(翔泳社:翻訳)など