創業特区で起業の裾野を広げる「福岡市スタートアップカフェ」(博多)

各地のコワーキングスペースを巡り、日本のコワーキングの「今」を体感するコワーキングツアー。そこで見聞したコワーキングのあれやこれやを切り取ってご紹介するコラム、その第4回目は、福岡は博多の「福岡市スタートアップカフェ」におじゃまし、コンシェルジュの穴沢純一さんにお話を伺いました。(※取材 2016年3月30日)

福岡市スタートアップカフェ
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-20-17
TSUTAYA BOOKSTORE TENJIN 3F内

スタートアップを本気で支援する福岡市

福岡市は、国家戦略特区「グローバル創業・雇用創出特区」、いわゆる創業特区として次々と制度を整備し、大体的にスタートアップを支援している。穴沢さんからは、まずその辺を詳しく伺った。

例えば天神地区では、約80ヘクタールに及ぶ地域における容積率の緩和や附置義務駐車場の条例改正などによって30棟のビル再開発を計画しており、スタートアップ企業をはじめ内外の企業がこの地に進出するお膳立てが進んでいる。その一方で、「福岡スタートアップセレクション」などを主催して、既存の地元企業とスタートアップとのコラボにより、双方のリソースを活かした新しいビジネスの創出にも積極的に取り組んでいる。

同市の髙島宗一郎市長は、「なぜ、スタートアップを支援するのか」という問いに、「スタートアップ企業が持つ斬新なアイデアや生み出すイノベーションこそが、今の日本の閉塞感を打破し、少子高齢、人口減少に起因する悲観的な将来の想定を覆す力を持っているからだ」(BIZ FUKUOKA Vol.32)と述べている。

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福岡市を見ていると、その視線はアジアをはじめとしてグローバルに向けられていると感じる。その証拠に、すでに福岡市では「スタートアップビザ(外国人創業活動促進事業)」をスタートさせており、外国人が創業する際に求められる事務所の開設、2人以上の常勤職員の雇用、そして500万円以上の資本金という条件が、6ヶ月間猶予される。つまり、事業者は事業を進めながら6ヶ月間でその条件をクリアすればよいので、起業のハードルは比較的低くなり、俄然スタートアップの機会も増えるというわけだ。

さらに、こうした制度の導入を背景に福岡市は台湾や韓国でイベントを開催し、福岡での起業をさかんに呼びかけているのだそうだ。地方自治体の首長が、自ら海外で起業支援をアピールしているという話を、筆者ははじめて聞いて驚いた。福岡の本気度が判る。

事実、台湾や韓国からここを訪ねてくる人も増えてきた。彼らにしても日本のマーケットは近いし大きいから、進出のハードルが下がるのは有難い。そのせいもあって、福岡はあと20年ぐらいは伸びると言われている。

更に加えれば、天神地区は空港から地下鉄で11分で到着するという地の利があり、ここを中心として徒歩15分圏内にインキュベート施設や金融機関、あるいはIT系のコミュニティ等々、ビジネスに必要な要件がほぼ満足される。長年、行政が進めてきたコンパクトシティ構想が、今、奏功していると言える。

そして、そうした環境でコワーキングの果たす社会的役割もまた、多岐にわたる。

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起業の裾野を広げる「福岡市スタートアップカフェ」

ここ「福岡市スタートアップカフェ」の事業主体はその名が示す通り福岡市であり、その運営をTSUTAYAが受託している。Wifiや電源、コピー機が利用できる他、店内に3万冊以上あるビジネス書を自由に持ち込んでもOK。仕事に必要な書籍がいつでも閲覧できるのは、かなりアドバンテージが高い。

ただ、ここの強みはそれだけではない。ビジネスのアイデアをどうやって形にしていくかを相談できるコンシェルジュがいて、随時、起業相談を行っている。

起業と言っても個人事業主だったり主婦だったり、または社内起業だったりさまざまですね。ただ今までのところ、30〜40歳台が一番多いので、ある程度経験を積んできた人が相談に見えることが多いようです。

アイデアがあってそれをビジネスにするにはどうすればいいか。アイデアに自分がとらわれて堂々めぐりするケースは往々にしてある。なのに、それを相談できるところが実はあまりない。第三者的に関わりつつ、起業精神を持ち合わせる人が相談に乗ってくれると何かと心強い。「福岡市スタートアップカフェ」では、それぞれバックグラウンドの違う5人のコンシェルジュがおり、相談相手によって違う対応ができる。

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コンシェルジュによる起業相談は、一日2人体制で年末年始、土日も行っている。相談は月間約150名、一日平均5名。オープン当初は月70件だったので確実に増えている。リピーターもいれば、知人から紹介されて来た人や、他府県から「福岡に進出しようと思うんですが」と相談に訪れる人もいる。創業特区としての福岡で起業しようという人たちの、いわば窓口になっている。

だいたい同じこと考えてる人って絶対いると思うんですよ。ただ、アイデアの段階では、アイデア自体にそんなに価値はないんですよね。それがしっかり、どこまで作り上げるか、お客さんを作れるか、そこまでいくと価値が出てくるんですよね。 

これまでで一番若い相談者としては、ある高校生がスマホ関連のアイデアを持って来た。あるいは、「大学にいる間に起業したいんですが、どこの大学がいいでしょうか?」という、実に起業家精神旺盛な相談を受けたこともある。

一番の年長者は81歳の女性で、手作りの下駄をどうすればビジネスにできるかというものだった。このケースでは、実験的にTSUTAYA店内で販売したら20足が売れたそうだが、これはかなりの自信になる。

また、女性起業支援のためのプログラムも用意されており、女性の先輩起業家に相談できる時間帯(15時〜18時)を設けている。

もうひとつ注目なのは、成長段階にあるスターアップ企業がスケールするために必要な人材をマッチングする「スタートアップ人材マッチングセンター」も開設されていて、段階的にスタートアップをサポートする目配りが効いている。

さらに、こうした起業の裾野を広げる活動以外に、「福岡市スタートアップカフェ」には、厚生労働省の事業である「福岡市雇用労働相談センター」が併設されており、労働問題に詳しい弁護士が常駐していて無料で相談できる。これから起業する時に人間関係でトラブルになるケースも多いので、未然にどういうリスクを防ぐかを弁護士とともに検討する機会を持とうというわけだ。

これまでこうした窓口にはなかなか相談に行きづらい空気があったが、カフェの開設と同時にスペースを設けたところ、カジュアルな雰囲気が相談者の心理的なハードルをかなり下げ、相談件数は今では東京と大阪を合わせた以上に多い。

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期間限定型のコワーキングも

冒頭、天神地区の再開発ビルの容積率緩和について述べたが、具体的には2024年までの10年間に延べ床面積をこれまでの1.7倍(757,000㎡)にする計画だ。このような民間投資を呼びこむことで、大きな経済効果を期待するものだが、建て替え対象になっているビルでは続々とテナントが退出し始めている。

ただ、すべての退出が済むまで概ね1年ぐらいのタイムラグがある。するとそれを利用して、その間、一時的にコワーキングスペースにして利用者に提供している事例があると、穴沢さんが教えてくれた。

天神駅の真上にある「OnRAMP天神地区」がそれで、運営する一般社団法人OnRAMPは同じ福岡の赤坂に起業家向けインキュベーションオフィスである「OnRamp」を運営している。今年10月末までの期限付きだが、月額4〜9万円で提供されていて、平日・休日ともに24時間利用できる。(ただし、ドロップインはない)

この話からは、スピード感を持って街づくりを推進する地方行政に、機敏に反応してうまく活用する福岡人のガッツを魅せつけられた気がする。他府県でも手本にできる点が多々あると思うのは筆者だけではないだろう。

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最後にもう一点。福岡ではシード期の起業家のステージをあげるアクセラレータの役割を担う主体が増えつつあり、「福岡市スタートアップカフェ」でもそのイベントのためにスペースを提供している。このへんの動きは、先日紹介した「スタートアップカフェBASES福岡」でも始まっており、今後ますますこの起業シティが勢いを増す予感がする。

インタビューの間、周囲からは時々フランス語や英語が漏れ聞こえてくる。いくどとなく、相談者が現れて穴沢さんが席を立つ。ここでは、いままさにリアルタイムにビジネスが行われている臨場感を感じる。コンシェルジュである穴沢さんの静かな語り口からも、その責任を全うする高揚感を感じた。

起業には互いに学ぶことが必要です。地元に根付く書店として何ができるか、起業に関わるコミュニティの提供と運営がそれだと思っています。

コワーキングは起業をサポートする「場」である。けれども、肝心なのはやはりソフトなのだ。

(取材・テキスト / 伊藤富雄)

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福岡市スタートアップカフェ

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-20-17
TSUTAYA BOOKSTORE TENJIN 3F内

※基本的に利用料金は無料

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伊藤富雄

Webビジネス・コンサルタント、コワーキング・エバンジェリスト。自らコワーカーとして業務遂行しつつ、コワーキングの啓蒙と普及に努める。2010年、日本で最初のコワーキングスペース「カフーツ」を神戸に開設。2012年、経産省認可法人「コワーキング協同組合」設立、代表理事就任。2014年「コワーキングマガジン」発行。2016年より「コワーキングツアー」を開始。著書に『グレイトフルデッドのビジネスレッスン#』(翔泳社:翻訳)など